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我が身世にふるながめせし間に

今日も艇庫の屋根裏は某夢の国です。

この前のテレビ小説の意味でとると、この後社長交代と家屋炎上と暴風雨が待ち構えていることになりますが。
まあ、いいでしょう。煮るなり焼くなり好きにすればいいのです。

どうもこんにちは樋口です。
いつもはこのまま、僕の与太話にフェードアウトするのがお決まりですが、まあたまにはボート部らしいことを書こうと思いましてですね、ええ、明日は雪が降りますよ。

僕は一応高校でも漕いでいた身でしてね。
中学時代の剣道部が半ば黒歴史だったので、高校はもうちょっと穏やかな活動でもしようかな思ったのもつかの間、同じ中学の友人につつかれて、入ってしまったがこの競技。
屋外スポーツに縁のない人生だったので、日差しにやられてしまったのでしょう。そうゆうことにしときます。

この部活はきついよ、と事前に忠告も受け、実際に漕いでる同じ学年の仲間からも、この部活はやっぱりきつい、と愚痴られていたのですが、僕にとってはそれほどのものとは感じられませんでした。
剣道というのは、武道の一種であり、つまりどうしようもなく礼儀作法やらなんやら、ようするにうるさいのです。楕円に並んで向かい合った相手と技の練習、終わればその反省やら指摘やらを相手とゴニョゴニョ、それも済むと1人分横に移動してまた向かい合った人とバシンパコン。稽古の間三時間程は私語もなく、自発的な積極性を暗に求められ、身を粉にして稽古するのが美徳とされる世界。平成生まれながら戦前を感じさせる勢いです。
まあ、そんな青春時代を過ごしたものですからね、ええ、驚きましたよ。
具体的にいえば、練習中に話せる、という点でした。
ウエイト中に「あのマンガ最新刊出たよ」とか「え、この後かっちゃん死ぬの?」とか話せるんです。後者は実話です。知らない人っていたんですね。あの体はヤンキー心は乙女の組長です。がんばれ信濃ROWING。
おお、さすがハイカラなスポーツ、と思っていた時期が僕にもありました。
まあ、そんなもんでしてね、エルゴ以外は大体苦にもならず、三年間を過ごしてました。

なにぶん競技人口が少ないもんでして、県大会でレース一本、一着になれば即インターハイなんです。午前中に全レース消化できるんです。まあ、3校しかなかったですもんね。
僕が他人と協調できる性格だとはだれも思っていないので、いつの間にかシングルで出場が濃厚になっていました。限りなくブラックに近いグレーです。取り調べたらかつ丼が出る前に落ちることでしょう。
ひとつ前の大会で生まれて初めて一位を取っていたので、まあ、勢いにも乗って県大会でも一位取れました。
ま、俺以外全員二年生でしたからねっ。
押し出し四球に近いです。
たいして練習もしていないお前がインターハイいけるのはおかしい、とかちらっと小耳にも挟みまして、まあ確かにそうだなと諸手を挙げて賛同しそうになりましたが、そこはぐっと我慢、だったら”僕がシングルで出ます”とか言えばいいのに、と開き直ることにしました。文句を言われても僕が困ります、どうしろと?

さてさて、その年のインターハイは沖縄でやってました。
夏に沖縄ですから、それはもう、ね。僕は日光が嫌いなんです。
そんなこんなで、いよいよ開会式、運命の時がやってきます。
開会式に出る組と、宿に残って洗濯組に分かれて出発。僕は出る組でした。
開会式会場に行く前に、近くの定食屋でお昼を。沖縄色前面に出したお店で、ぼろぼろじゅーしーとかアグー豚の血で煮込んだなにかとか、まともに勝負したくないクリーンナップの勢ぞろいです。敬遠球を投げまくった後、どうにか昼食を済まし、会場へ、この時から異常は既に始まっていました。
まあまあお腹いっぱいに食べたので、ちょっと苦しい。でもなんだかいつも以上にお腹が膨れて苦しい。
開会式が終わるまでは我慢したいが、いかんせん、あの伝統てきなサムシングな太鼓の音がかなりのダメージ。
うっぷ。我慢できない。ちょっとトイレ行ってくる、と席を立ち、いそいそとお手洗いへ。
胃袋を空っぽにしてすっきりした後、なんだか係員さんがしきりに僕の心配をしてくる。
「大丈夫ですか?」
「え、車に酔っただけですよ」
「まあまあこっちへ、さあどうぞ」
「ああ、はい、どうも」
開会式会場の後ろの端っこに座らされ、アイスノンと温度計を手渡される。
まあ、なにか勘違いしているようだが、熱はないのですぐに解放してくれるだろう、そう思ってました。
ぴぴぴ。
37.○度
あれま。
あれよあれよという間に保健室へ、ベッドで寝かされているうちに、だんだん寒気がひどくなりました。
体温計も38度へ。
近くのお医者さんに診てもらいにいくまでも、かなりつらい。
結局近くの病院で点滴をがっこがっこ注入されながら、一晩過ごすことに。某屋敷から命からがらやせ細って出てきた誰かさんを思い出しました。僕は女の子じゃないし、浴衣姿でもありません。両親はまだ存命です。
寒くて寒くて、長袖が欲しかった。
翌朝、一時小康状態になったものの、宿へ移動すると体調が悪化。レースは棄権しました。
ちょうど親も観戦に来ていたので、親のいる宿へ移動。他のクルーに移ると悪いですからね。
その後の二日か三日間も辛かった。
食べ物が食べれない。おかゆはもちろん、ウィダーもぎりぎり。吐き気がひどくてまともに食べれませんでした。

帰りは部活の一行と合流。まあ帰りの飛行機は冷や汗かいて座ってました。僕はへたすると新幹線も酔います。
地元に帰ると、なんで棄権したのか非難ごうごう。まあ、他人の目から見ればそうかな、と。でもちゃんとあの時の僕の状態を何人かに再現させて、それでもレースに出るかどうか、統計を取ってほしいものです。七割出漕ならまあ甘んじて悪口を言われましょう。
というわけでして、僕はインターハイに行きましたけど出てません。
でてもなあ、そんなにいい結果にはなってないんじゃない?

やっぱりのんびり自分のために漕ぐのが一番ですよ。
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